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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

腸管GVHDのムチン層分解の機序を解明
米国でPIを目指し新たなチャレンジへ(前編)

早瀬英子(MDアンダーソンがんセンター Department of Genomic Medicine)

初期臨床研修医を2年間、血液内科で臨床医を4年間務めた後、子育てをしながらGVHDの新しい治療法に関する研究を始めた早瀬英子氏。2018年から米国・MDアンダーソンがんセンターに留学し、広域スペクトラムの抗菌薬による腸管GVHD悪化の機序を解明し、治療への道筋もつけた。この研究成果が『Cell』誌に掲載されたことを機に、早瀬氏は米国での新たな研究拠点作りにチャレンジしている。

早瀬英子氏
MDアンダーソンがんセンターの早瀬英子氏

 2022年9月29日発行の『Cell』誌に、「Mucus-degrading Bacteroides link carbapenems to aggravated graft-versus-host disease」というタイトルで論文が掲載されました。これは、私が2018年に米国・MDアンダーソンがんセンターに留学して以来、取り組んできた移植片対宿主病(GVHD)に関する研究結果をまとめたものです。抗菌薬により腸管GVHDが悪化する機序と、キシロースの経口投与によりGVHDが軽減されることを明らかにしたもので、治療法の開発につながる成果だと考えています。恩師である北海道大学大学院の豊嶋崇徳先生からは「すごいことになったな」とのメッセージをいただきました。豊嶋先生流の最大級の褒め言葉だと有り難く受け止めています。

メロペネム投与がムチン層分解につながる
経口キシロースによりGVHDが軽減

2023年2月 Amy Strelzer ceremonyにてボスのRobと
2023年2月 Amy Strelzer ceremonyにてボスのRobと

 同種造血幹細胞移植(同種移植)では、GVHDは避けることのできない合併症で、急性GVHDでは皮膚、肝臓、消化管などに症状が現れ、患者さんのQOLを大きく障害し、死亡することもあります。一方で移植後早期は、免疫細胞の数や機能が十分でなく感染しやすい状態にあり、カルバペネム系の広域スペクトラムの抗菌薬投与が移植患者の“救世主”だと、長い間考えられてきました。

 しかし、2010年頃から次世代シークエンサーを用いた腸内細菌叢の解析が同種移植患者さんにおいても盛んに行なわれるようになり、腸内細菌叢の異常がGVHDと関連していることが指摘されるようになりました。2012年にRob Jenqらが、マウスモデルを用いて抗菌薬による腸内細菌叢の破綻が全生存率の低下につながることを報告し、2016年には同グループから同種移植患者さんにおいても、同種移植後の腸内細菌叢の異常は、腸管GVHDの発症率および全生存率の低下と関連していることが報告されました。ただ、その機序の解明が不十分であり、私は腸内細菌叢と抗菌薬、GVHDの関連について研究を進めてきました。

 今回の研究では、マウスモデルを用いて、同種移植で頻繁に用いられるメロペネムの投与により悪化した腸管 GVHDが腸内細菌叢をどう変化させているのかを詳細に解析しました。その結果、メロペネムの投与により悪化した腸管GVHDでは、Bacteroides thetaiotaomicron(BT)が増加していること、BTがムチン層を分解する酵素の発現を亢進させ腸管のムチン層を菲薄化させていること、菲薄化したムチン層による腸管のバリア機能の低下が腸内細菌による腸管の炎症悪化や全身感染につながっていることが明らかになりました。そして、メロペネムの投与により腸管内のキシロースが減少していることも分かりました。

 健常者の腸管では、BTは食物由来の多糖類やキシロースを含む単糖類を主な栄養源としていますが、何らかの原因でこれらが減少するとムチンを栄養源にすることが分かっています。そこで、メロペネムの投与により腸管 GVHDが悪化したマウスにキシロースを経口投与したところ、BTによるムチン層の分解が抑制され、ムチン層が増加しGVHDが軽減されました。同種移植を受けた患者さんにおいても、メロペネムによる腸管GVHDの悪化と糞便中のBacteroides増加が認められており、キシロースを含む特定の栄養補給戦略により、腸管GVHDのリスクを低減する可能性があると考えられました(1)

図
(文献1)より)

 この研究結果は、決して同種移植で強い抗菌薬を使ってはいけないということを示しているのではなく、腸内細菌を殺し過ぎないようにバランスを取ること、抗菌薬によって腸内細菌叢の構成のみならず、普段は健康に貢献している菌の機能が変わる可能性があることに注意が必要であるということを示しています。キシロース投与のような栄養補給戦略によりGVHDが改善するという結果は、私の臨床経験に照らし合わせると納得のいくものでした。同種移植を受けた患者さんは食欲不振になることが多いのですが、頑張って食事を続ける患者さんや、まれにいつもと変わらないくらい食べられる人もいて、そういう患者さんは移植が成功することが多いと感じていました。

 マウスとは異なり、腸内細菌の種類も多く食事の種類も多様な移植患者さんの腸内細菌叢では、もっと複雑な変化が起きていると想像されますが、今回の研究結果が新たな治療法の開発に結び付くことを願っています。

2021年6月 ラボのGarden party
2021年6月 ラボのGarden party

医学部入学という“チャレンジ”が成功
臨床実習で出会った患者のひと言で血液内科へ

 私がなぜ、医師になろうと思ったのかは、実はあまり明確な理由はありません。障害を抱えていた祖母が身近にいたので医療の分野に興味を持っていましたが、「失敗はしたくない」と何事にもチャレンジすることに遠慮がちだった高校生の頃は、「いずれいろいろなことにチャレンジできるように勉強だけはしておこう」とだけ考えていたように思います。たまたま高校の担任の先生との何気ない会話の中で「この成績なら、一浪すれば医学部に入れるのでないか」と言われ、私は「それなら」と恐らく人生で初めてチャレンジ精神を発揮し、医学部合格を目指しました。自分も家族も担任の先生も落ちるであろうと予想していた中、奇跡的に現役で旭川医科大学に合格することができました。私は、自分が合格したことで入学できなかった人がいるのだと思い、その人の分も頑張って勉強しなくてはと考えました。ちなみに、私が通っていた帯広の高校から現役の医学部合格者が出たのは、学校創設以来初めてだったそうで、先生方も喜んでくださいました。

 そして医学部5年生になると、そろそろどの診療科に進むかを考え始めますが、私は当初血液内科には興味がありませんでした。病名が多く複雑で、治療法や発症のメカニズムなどが難解そうだったので「私の領域ではないな」と思っていました。その私が血液内科医になろうと決めたのは、6年生の臨床実習で出会った患者さんの言葉でした。

 その患者さんは高齢の女性で、おしゃべり好きな人でした。ところが同種移植の同意を得るための主治医による説明を聞いて以降は、全く口を利いてもらえなくなりました。私は毎日朝夕、「指導医の先生との回診前に患者さんからお話を伺っておく」というカリキュラムに従い、その女性のもとに通いいろいろと話しかけましたが、頑なな様子は変わりませんでした。指導医の先生に毎日「今日もお話ししていただけませんでした」と報告するのがしんどかったのを覚えています。やがて血液内科での実習が終わりに近づいた頃、「移植の話を聞いてから、もう誰とも話せなくなってしまったの。めげずに毎日私に会いにきてくれてありがとう」と苦しかったであろう胸の内を打ち明けてくれ、「あなたには、ぜひ、血液内科の先生になってほしい」と言ってもらいました。カリキュラムどおりに訪問していただけだったのが申し訳なかったと思うと同時に、感謝の言葉が私の心に強く突き刺さり、血液内科に進む大きなきっかけとなりました。

 2007年に旭川医大を卒業し、初期研修は市立旭川病院で受けました。市中病院でいろいろな診療科の臨床にチャレンジしたいと考えたからです。後期研修では北海道がんセンター血液内科に3年間勤務しました。同種移植は、後期研修の2年目に初めての主治医として血縁者間の移植を行ないました。不安だらけでしたが、移植した幹細胞が生着したことを確認できた日はとても嬉しく、先輩の先生方と「初めての担当患者さんの生着」を祝って焼肉を食べたのがよい思い出です。

 移植を諦めざるを得なかった患者さんとの出会いも忘れられません。その方は移植の適応があったのですが、血縁者に適格ドナーがおらず、骨髄バンクに登録してドナーを待つ数カ月の間に病状が悪化してしまいました。ドナーが見つかった頃には患者さんの病状は同種移植をできる状態ではなく、半年ほどで患者さんは亡くなりました。その方は最後まで私を信頼してくださり、感謝の言葉ももらいましたが、主治医として初めて移植適応のあった患者さんの移植を諦めた悔しさは今でも心に残っています。

 私は、一人でも多くの命を救えるよう、よい移植ができる血液内科医になるために知識と技術をもっと学びたいと強く思い、2012年4月に北海道大学病院の血液内科に移り、大学院に進学する決心をしました。ただ、問題が一つありました。私は子どもを出産したばかりだったのです。

1) Hayase E, et al. Cell. 2022; 185(20): 3705-3719.

〈後編では、北大血液内科で豊嶋先生から受けた研究指導や、MDアンダーソンでの留学生活について語っていただきました。〉