血液専門医と医療関係者のための情報サイト「ヘマトパセオ」

気鋭の群像Young Japanese Hematologist

“国際的に活躍する女性”を目指し
臨床と研究の実績を積み米国留学へ(後編)

竹田玲奈(ダナ・ファーバーがん研究所 小児腫瘍分野)

医科研病院で血液内科の専門研修を受ける
大学院では白血病の病態解明に取り組む

ダナ・ファーバーがん研究所の竹田玲奈氏
ダナ・ファーバーがん研究所の竹田玲奈氏

 大学によっては後期研修開始と同時に大学院に入学するところもありますが、私の場合は、当時の医科研病院血液腫瘍内科教授だった東條有伸先生の勧めもあり、病棟で臨床経験をしっかりと培った後に大学院に進学することになりました。学位取得後の留学を見据えて、なるべく早くに大学院入学することを希望していたため、一時は動揺し焦りましたが、結果的にはこの医科研病院で過ごした期間で何ものにも代えがたい経験を得ることが出来ました。

 医科研病院は総合病院ではなく病床数もやや少ないため、他の大学や有名施設で研修された先生方に比べると、血液内科で自らが経験した症例は多くはないかもしれませんが、そこは研究会や勉強会に自主的に出席することで補おうと心がけていました。一方で、医科研病院だからこそ経験できる希少疾患もありました。ちょうど次世代シークエンサーおよび人工知能を用いた臨床研究が医科研で始まりつつある時期でしたので、病棟主治医としてそのようなトランスレーショナルリサーチに少し携わることが出来たのはとても幸運でした。治療抵抗性を呈したTCF3-HLF陽性成人急性リンパ性白血病やHTLV-1ウイルス関連脊髄炎に合併した成人T細胞性白血病などの症例報告も積極的に行ないました。しかし、何より重要だったのは、チーム医療の神髄に触れることができたことです。そして出会った患者さんや臨床での経験が現在の私の大きな原動力になっています。

 医科研病院血液腫瘍内科での臨床経験の後、先端医療研究センター細胞療法分野の北村俊雄先生の研究室で、白血病発症のメカニズム解明の研究に取り組みました。基礎と臨床の掛け橋になるphysician scientistを目指す私にとって、大学院での研究成果はとても重要です。私は、4年間でfull articleを書くこと、国際学会で発表すること、経験可能なありとあらゆる実技手技や研究思考を習得することを目標にしました。

2019年の日本血液学会では北村教授の学会賞受賞をラボのみんなでお祝いしました。
2019年の日本血液学会では北村教授の学会賞受賞をラボのみんなでお祝いしました。

 研究ではASXL1変異とHHEXの白血病原性における協調作用に着目しました。先行研究では、ASXL1変異ノックインマウスを用いたレトロウイルス遺伝子挿入変異解析を行なった結果、ASXL1変異骨髄細胞から白血病を発症した複数の個体で、共通してHHEX遺伝子近傍にレトロウイルスの挿入を認めていました。そこで、ホメオボックスファミリー転写因子であるHHEXがどのように白血病病態形成に関わっているかの解明に取り組んだのです。

 そして、RNAシークエンス、クロマチン免疫沈降シークエンス解析の結果、ASXL1変異とHHEXの標的遺伝子としてMYBとETV5を同定しました(図1)。また、MYBやETV5の発現上昇は、ASXL1変異白血病細胞の生存に重要であることも分かりました。以上から、ASXL1変異とHHEXは協調してMYBとETV5の発現を上昇させ骨髄性白血病原性促進に働くことを明らかにしました。この研究結果は、大学院4年のときに米国血液学会(ASH)に採択され、ポスター発表を行ないました。また、これらの結果をまとめた学位論文は『Blood』誌に掲載されました。その後はこの研究をさらに発展させて、エピゲノムを標的とする白血病治療の開発にも取り組んでいます。

図1
図1

 北村研のオープンで活発な議論が飛び交い、多くの学生が日々熱心に実験に取り組む環境で大学院4年間を過ごせたことは私の生涯において大変貴重な財産となりました。特に、北村先生のメンターシップには心より感謝しています。現東京大学教授の合山進先生など、留学経験豊富なスタッフの先生方のお話はいつも魅力的でモチベーションになりました。また、3人の個性豊かで優秀な同期をはじめとする素晴らしい仲間に恵まれました。北村研の学年の近い卒業生には、現在は神戸医療産業都市推進機構の血液・腫瘍研究部長をされている井上大地先生もおられます。北村研卒業生としての誇りを持ち、今後も研究に邁進していきたいです。

現在は米国ボストンに留学中で、とても刺激的で充実した日々を過ごしています。ボスのScott Armstrong先生と。
現在は米国ボストンに留学中で、とても刺激的で充実した日々を過ごしています。ボスのScott Armstrong先生と。

 私は留学を視野に入れて研究に取り組んできました。父からは、留学の難しさや厳しさ、年齢の問題などを指摘されていたので、出来るだけ早期に留学することを目指したのですが、新型コロナウイルスの世界的蔓延のため、2020年春に予定していた留学は延期となり、一時は断念しかけました。でも諦めきれず、再挑戦すべく2021年春から再度留学先を探し始め、北村先生や家族をはじめとするたくさんの方々に支えていただいたおかげで、こうして2022年3月にダナ・ファーバーがん研究所小児腫瘍分野のScott Armstrong先生のラボへの留学が実現しました。

目標は国際的に活躍するphysician scientistへ
女性研究者のロールモデルになり次世代育成も

 私は「国際的に活躍し社会貢献できる女性になる」という人生の大きな目標に向かって、小さな目標を一つひとつ立てて、それをクリアするための努力と達成感を積み上げてきました。留学でも同じように、physician scientistとして『患者さんに還元する』を研究信念に、世界最高峰の研究ノウハウを吸収しようという目標を立てました。

 そのためにはまず専門性を深め、新たな分野の知識や技能を習得し、研究視野を広げるとともに、Armstrong先生の分野の垣根を越えた最新の研究技術を積極的に取り入れて、独創的な理論を明快に展開する研究手腕や、臨床への迅速な応用を見越した研究手法を学ぼうと考えています。これはユニークでインパクトの大きな研究を立案遂行できる稀有な研究者となるために必須です。

 研究者として独立する準備を進めるためには、様々な分野の研究者と積極的に交流して、生涯続く良好な関係・研究ネットワークを築き広げること、メンターシップや研究室運営、キャリア支援制度について学ぶことも必要だと考えています。そして、多様な文化・価値観に触れることで、人生に深みをもたらし、人間としても成長したいと思っています。

 少し具体的な目標としては、白血病をどこに住んでいても同じように治療し完治可能な病気にするために尽力したいと考えています。現状では、高額な医療費(医療格差)や医療資源へのアクセスの障壁(医療僻地)の問題があります。自宅で安心して安く治療ができるようにするために、患者さんと基礎研究の掛け橋として、標的治療薬の開発を目指した白血病の病態解明に取り組みます。

 PI(主任研究者)となり、女性医学研究者のロールモデルになるのも目標です。実際に、私の敬愛する筑波大学教授の坂田(柳元)麻実子先生や京都大学小児科教授の滝田順子先生など、本邦でも世界第一線でご活躍されている女性の医学研究者の先生方もいらっしゃいますが、欧米と比較すると相対的に女性の割合は少なく、医学研究におけるダイバーシティ推進や女性活躍、多様な働き方の実現が課題になっています。ゆくゆくは次世代の女性研究者の育成に向け、彼女らの支援やキャリアを形成する仕組みを構築したいと考えています。留学先で交流するであろう様々な国の多様な価値観に触れ、メンターシップやキャリア支援体制を学ぶことは、女性研究者の育成にも役立つと期待しています。

 これまで私は、女性であるがゆえに、結婚や出産を機に臨床や研究から離れていく人をしばしば見てきました。キャリアを諦めたのか、もしくは人生の中の優先順位が変わったのか、どんな想いでその選択をしたのかは人それぞれだと思います。たしかに、家庭・子育てと仕事でのキャリアアップを両立させることは並大抵のことではないと思います。でも私は、女性だから男性だからということなく、誰もが安心して臨床や研究に長く取り組める環境作りをしていきたいのです。

 夢のような壮大なライフワークと思われる方もいると思います。実際、ここに至るまで私は、恩師、家族、先輩、上司などいろいろな人に支えられて突っ走ってきました。これからも、同じように私は小さな目標を一つひとつクリアして大きな目標を達成するという道を走り続けるつもりです。