血液専門医と医療関係者のための情報サイト「ヘマトパセオ」

気鋭の群像Young Japanese Hematologist

豪州に渡って5年、独立してラボを持つ
骨髄腫の腫瘍免疫を中心に研究を進める(後編)

中村恭平(クイーンズランド医学研究所(QIMRB) 主任研究員)

オーストラリア・クイーンズランド医学研究所の中村恭平氏
オーストラリア・クイーンズランド医学研究所の中村恭平氏

 帰国後1週間のうちに、自分がイメージするがん免疫監視機構の研究を行なっているラボを探し、応募のメールを送りました。すると送ってから10分もしないうちにQIMRBのマーク・スミス氏から返信があり、その場でQIMRBへの就職が決まりました。そして2015年4月にオーストラリアに留学しました。

3カ月間ひたすら研究構想を練り上げる
リウマチ医の視点で腫瘍免疫の機序の解明

 着任したとき、ボスのマークから言われたのは「好きなテーマで研究していいよ。他のポスドクとよく話して、テーマを見つけなさい」ということでした。自由度の高い環境での研究がスタートしました。とはいえ、NK細胞とがん免疫監視機構の研究を軸にしているマークのもとには、当然ながらNK細胞をバックグラウンドに持っているポスドクが大勢います。私は、実験をせずに新しいプロジェクトの構想をじっくりと練ることにしました。皆と同じようなテーマで研究しても面白くない、自分の独自の視点は何か、血液・リウマチでの診療経験を生かせる分野は何か。考え続けた結果、ASHに参加して以来、挑戦してみたいと思っていた造血器腫瘍の免疫微小環境の研究をテーマにしようと決めました。最初の3カ月間は、とにかく文献を読み込み、実現可能な研究計画を立てることに徹しました。

 ちょうどフランス人の先輩ポスドクが、多発性骨髄腫(MM)モデルを使ってNK細胞の研究をしていました。MMは、もともとIL-6などの炎症性サイトカインに依存して生存・増殖する腫瘍です。また、骨髄という組織の中で骨の破壊や周辺組織の改変を起こしながら進展していく腫瘍であることから、「組織傷害によって引き起こされる炎症は、骨髄腫の進展に重要な役割を果たしているだろう」と仮説を立て、研究を始めました。ボスに研究計画書を提出したところ、「まあ、やってみれば」という反応でした。

 こうして炎症に関わる分子やサイトカインの欠損マウスを用いて、MMのプロジェクトを開始しました。最初の3カ月で、「これがうまくいったら、次はこの実験に進む」というシミュレーションができていたことが良かったのか、一度実験を始めると順調に流れに乗ることができました。その結果、MMの微小環境における重要なサイトカインとしてIL-18を同定しました。IL-18はMMの微小環境で高いレベルで産生されており、骨髄のミエロイド系細胞の免疫抑制機能を高めて免疫を抑制する環境を形成してMMの進展を促進していること、MMの骨髄血漿におけるIL-18の高値が独立した予後不良因子であること、前臨床試験でIL-18の阻害は生存期間を延長したことから、IL-18はMMのがん微小環境で炎症と免疫抑制を司る中心的な役割を果たすことを報告しました。この結果は2018年の『Cancer Cell』に掲載され、これがきっかけで1年間のグラントを獲得しました。

 このグラントを使って次の研究を進め、2019年には3年間のグラントを獲得し、実験助手を雇い、好きなプロジェクトを効率的に進められるようになりました。

実験助手の美香さん
実験助手の美香さん

グラントを獲得、周囲からも背中押され独立
臨床応用は急がず基本メカニズムの理解へ

 オーストラリアでは他国と比べると、ポスドクの社会的地位は高く、給料も恵まれています。しかしながら、ポスドクは通過点に過ぎない身分であることに変わりはなく、多くのポスドクはPIになることを目標に掲げていました。でも私は、できるかどうか分からない目標を公言する気にはなりませんでした。しかし、グラントを続けて取れたこと、ラボと自分の研究の方向性が少しズレてきたこともあり、独立した方がいいのかと考え始めていました。

 独立すれば、自分が面白いと思う研究ができそうだが、異国の地で学生を指導しながら研究を進めるだけの実力はあるのか…。迷う自分の背中を押したのは、昔のポスドク仲間で独立した人たちからの「絶対に独立しなさい、あなたなら大丈夫!」という激励でした。そして、研究所外部の評価委員による面接と、論文業績、グラントの獲得状況、教育経験、中長期的なビジョン、研究の戦略、リーダーシップなどの審査が行なわれ、その結果、2020年6月に独立することができました。

 今後の研究の大きな柱が、MMの免疫微小環境の理解であることに変わりはありません。骨髄内で進展するMMが、どのように周囲の環境を増殖に有利な環境に変え、どのように宿主の免疫応答から回避していくのか、これらを明らかにすることが目標の一つです。近年の研究で、単一細胞レベルでMMの免疫環境の網羅的解析が発表されていますが、依然として宿主の免疫応答を高める方法は不明のままです。骨髄内の免疫細胞は、ユニークな性質や表現型を持っているものが多く、例えば、T細胞の免疫チェックポイント分子においても、MMの骨髄ではPD-1を発現しているT細胞は少なく、TIGITと呼ばれる他の免疫チェックポイント分子の発現が、疲弊したT細胞を特徴づけています。また、あまり注目されていない骨髄内の免疫サブセットが、MMの免疫療法において予想外に重要な役割を果たしていることが分かってきました。MM の免疫療法の技術開発は急速に進化していますが、実はまだ、根本的なリンパ球の機能不全のメカニズムや、免疫抑制機構はほとんど明らかになっていません。こうした基本的なメカニズムの解明を進めながら、免疫療法の効果向上に繋がる手がかりを探っていきたいと思っています。

 以前、張替教授に何かの推薦状をお願いしたところ「中村君の研究テーマは、一見するとバラバラの点のようである。しかし、彼の頭の中ではそれぞれの点は繋がっていて、独自の研究ビジョンを形成している」と書いていただいたことを覚えています。スティーブ・ジョブズ氏の“Connecting the dots”と関連したコメントかと思いますが、お世辞にも当時の自分には点同士の繋がりや、研究ビジョンは構築できていなかったように思います。しかし、振り返ってみると「免疫疾患の診療を通して学んだ、炎症や免疫監視機構」、「血液・免疫病分野という複合診療科の環境で、病態を違った角度から考えた経験」、「腫瘍免疫の研究」、これらのすべてが“Immune Targeting in Blood Cancers Laboratory”というラボを設立する上で必要不可欠でした。これまでお世話になった先生方に深く感謝しております。現在、MM以外にも、他の造血器腫瘍の共同研究や、基礎的な炎症の研究等、幅広く研究を行なっていますが、若いメンバーと自分自身の日々の成長を目標に頑張っていきたいと思います。

QIMRBの私のデスク。窓からはブリスベン市街地が見えます。
QIMRBの私のデスク。窓からはブリスベン市街地が見えます。