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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

スプライシング異常による発がん機構の解明へ
研究拠点を米国から日本に移し、取り組む(後編)

吉見昭秀(スローンケタリング記念がんセンター シニア研究員)

4年間の臨床現場での経験を経て研究の道へ
Evi1 高発現白血病の分子標的療法に道筋

米国・スローンケタリング記念がんセンターの吉見昭秀氏
米国・スローンケタリング記念がんセンターの吉見昭秀氏

 2006年6月に東大の血液内科医局に戻り、病棟勤務となり、2007年に大学院に入学しました。初期研修を含めて4年間の臨床経験を積み、大学院入学後もしばらく病棟勤務を続けたのち、12月から本格的に研究を開始しました。

 大学院での研究テーマは、“白血病がん遺伝子のEvi1(Ecotropic viral integration site1)が持つ転写因子”でした。Evi1は、急性骨髄性白血病(AML)や慢性骨髄性白血病(CML)などの骨髄系腫瘍の病態形成に重要な役割を果たしています。特にAMLでは、約10%の症例で高発現しており、その予後は非常に不良です。そこで私は、Evi1の新たな機能を解明し、そこから見出される新規分子標的療法の可能性を模索することにしました。

 まず、Evi1の新たな標的遺伝子を探索する目的で、網羅的遺伝子解析を行ないました。Evi1は、転写抑制に働くポリコーム複合体と結合することを見つけていたことから、特にEvi1の抑制性標的遺伝子に着目しました。その結果、がん抑制遺伝子であるPTENの発現が低下していることを見出しました。さらに、AML患者57例、CML患者44例の患者検体を用いて解析したところ、AML、CMLの両方でEvi1とPTENの発現が逆相関することが分かりました。また、Evi1がPTENのプロモーター領域に直接結合することも確かめました。

 PTENの下流にはAKT/mTORパスウェイがあり、PTENはそのシグナルを抑制することが知られています。実際にEvi1を強制発現させたマウスの骨髄細胞では、PTENタンパク質の発現が低下するとともに、その下流のAKT、mTORのリン酸化が亢進し、活性化していました。

 そこで、mTOR阻害薬であるラパマイシンの白血病細胞に対するin vivoでの効果を検討するため、Evi1高発現白血病マウスモデルを構築しました。このモデルから採取した白血病細胞をレシピエントマウスに二次移植し、連日ラパマイシンを投与した結果、投与しなかった群と比較して投与群では有意にその生存が延長しました。対照として用いた他の白血病モデルではラパマイシンの効果が確認されませんでした。以上から、Evi1高発現白血病に対してラパマイシンを含めたPI3K/AKT/mTORシグナル阻害薬が有効である可能性が示唆されました。

 さらに、Evi1によるPTENの転写制御における共役因子を探索するため、転写を抑制する働きを持つヒストン修飾因子に注目して、その関与を検討したところ、ポリコーム複合体に属するEZH2がEvi1と協調してPTENのプロモーター活性を抑制すること、Evi1とポリコーム複合体の構成因子(EZH2、SUZ12、BMI1)、ポリコーム複合体によりもたらされるヒストンH3リジン27のメチル化修飾がPTENプロモーター上にenrichされることが確認されました。Evi1と複数のポリコーム複合体構成因子がタンパク-タンパク結合することも示されました。このことから、Evi1はポリコーム複合体をリクルートすることによりPTENの発現を抑制するものと考えられました。

 以上から、Evi1はポリコーム複合体との相互作用を介してヒストン修飾を誘導し、エピジェネティックにPTENの転写を抑制すること、PTENの抑制はAKT/mTORシグナルの亢進につながり、細胞周期の亢進を介して細胞増殖へと導くことが分かりました。そしてmTOR阻害薬であるラパマイシンをはじめとする薬剤やポリコーム阻害薬が、予後不良のEvi1高発現白血病に対して非常に有望な分子標的療法となる可能性があり、白血病マウスモデルを用いた検討でもラパマイシンの有効性が示されました。

 これらの結果を論文にまとめ、2011年に学位を取得しました。そして、病棟での診療を行ないながら研究を続け、また大学院生を指導する生活に入りました。

旅行や登山が趣味で、留学中もいろいろな場所に出かけました。Yellowstoneで野生のパイソンと(左)。チリのEl Plomo(標高5,434 m)にも登りました(右)。
旅行や登山が趣味で、留学中もいろいろな場所に出かけました。Yellowstoneで野生のパイソンと(左)。チリのEl Plomo(標高5,434 m)にも登りました(右)。

分からないことだらけのスプライシング異常
CMML異種移植モデルを用い、治療に挑む

 大学院修了後も研究を続け、その結果は『Nature Communications』や『Annals of Oncology』などの学術誌に掲載されました。そうした中、私は海外留学して新しい環境で研究に取り組みたいと考えるようになりました。その機会は思わぬところからやってきました。

Cold Spring Harbor Laboratoryの共同研究者とCold Spring Harborにて。右がKuan-Ting (Woody) Lin氏、中央がOmar先生。
Cold Spring Harbor Laboratoryの共同研究者とCold Spring Harborにて。右がKuan-Ting (Woody) Lin氏、中央がOmar先生。

 2014年に米国・サンフランシスコで開催された米国血液学会(ASH)で、小川誠司先生(京都大学)が座長を務め、Omar Abdel-Wahab先生のラボが発表するセッションに参加した際に、小川先生がOmar先生に私を紹介してくださり、何とその後の立ち話で私のスローンケタリングへの留学が決まったのです。小川先生には大学の後輩ということで、何かと気にかけていただいていました。こうして2015年7月から、ニューヨークでの研究生活が始まりました。

 研究テーマは、最初にお話ししたように、“スプライシング異常による造血器腫瘍の発症メカニズムの解明と治療標的の探索”です。これまでに確認した主なことは、第81回日本血液学会学術集会のシンポジウムで発表したように、SRSF2変異はIDH2変異と協調してスプライシング異常を増悪させて骨髄系腫瘍を誘発すること、変異型IDH2特異的阻害薬には抵抗性だが、スプライソソーム阻害薬と組み合わせることで感受性が著明に改善することなどです。

 さらに私たちは、慢性骨髄単球性白血病(CMML)の異種移植モデルを新規に樹立し、新しいスプライシング阻害薬の薬効評価にも取り組んできました(学術誌『Blood』にPlenary paperとして掲載)。対象としたのは、新規のスプライソソーム阻害薬H3B-8800です。まず、H3B-8800がSFb3複合体に結合してその機能を抑制することを示しました。次にCMML異種移植モデルを用いて、スプライシング因子をコードする遺伝子変異を持つ細胞を選択的に駆逐することをin vivoで示しました。これらの結果は、スプライシング因子に変異を持つ様々ながんに対して、スプライソソーム阻害薬が有効である可能性を示唆するもので、学術誌『Nature Medicine』に掲載されました。

 自分なりの成果を上げつつあると感じていたとき、2019年2月にハワイで関連学会が開催されることを知り、Omar先生も「行ってきなさい」と勧めてくれたので参加しました。そこで、国立がん研究センター研究所長の間野博行先生とお会いしました。間野先生とは、大学院修了後に共同研究で一緒に取り組んだことがあります。再び立ち話でしたが、日本で仕事をしないかとお誘いがあり、国立がん研究センター細胞情報学分野の独立ユニット長として研究を開始することになりました。

 スプライシング異常について4年以上研究を続けてきましたが、メカニズムの解明が進むほど、実はまだ分かっていないことだらけであることが分かりました。やるべきことは山ほどありますが、研究のためのツールはあり、経験も積んできました。まずやることは人材と研究資金を集めることです。スプライシング異常による発がん機構の解明、それに基づく治療標的開発のために邁進したいと考えています。