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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

スプライシング異常による発がん機構の解明へ
研究拠点を米国から日本に移し、取り組む(前編)

吉見昭秀(スローンケタリング記念がんセンター シニア研究員)

吉見昭秀氏は米国・スローンケタリング記念がんセンターでの約5年にわたる米国での研究成果を引っ提げ、2020年7月から国立がん研究センターに研究拠点を移す。米国での研究テーマは“スプライシング異常による造血器腫瘍の発症機序の解明”。スプライシングを司る因子の変異によってどんなことが起こるのか、そしてどう治療するのか。世界で研究が進む領域でトップを目指し、新たな環境での挑戦が始まる。

米国・スローンケタリング記念がんセンターの吉見昭秀氏
米国・スローンケタリング記念がんセンターの吉見昭秀氏

 2020年7月に、国立がん研究センターに研究の拠点を移すことになりました。ほぼ5年ぶりの帰国となります。私は、2015年7月に米国・スローンケタリング記念がんセンターに留学し、造血器腫瘍のスプライシング異常の研究に取り組んできました。

 スローンケタリング記念がんセンターでは、Omar Abdel-Wahab先生の研究室で、スプライシング因子の変異、中でも最も高頻度に遺伝子変異が認められるSRSF2とSF3B1という2つの因子の異常による白血病の発症メカニズムの解明に力を入れ、治療標的化についての検討を行なってきました。国立がん研究センターでも、引き続き、このスプライシング異常による発がん機構の解明とそれに基づく治療法を研究していく予定です。

スローンケタリング記念がんセンター Omar先生の研究室のBBQパーティー。
スローンケタリング記念がんセンター Omar先生の研究室のBBQパーティー。

SRSF2とIDH2の変異重複で白血病発症へ
スプライソソームの変異解明が新規治療に

 近年のがんゲノム解析により、SRSF2やSF3B1などのRNAスプライシング因子をコードする遺伝子変異が白血病などの造血器腫瘍をはじめとして、様々ながんに高頻度にみられることが報告されています。また、変異型スプライシング因子が遺伝子配列特異的にスプライシング異常を惹起するメカニズムも明らかになってきました。

 しかし、これらのスプライシング異常による発がん機構はほとんど解明されておらず、発がん機構を標的とする治療法開発の可能性も十分に検討されていませんでした。そこで私たちは、造血細胞におけるこれらの変異型スプライシング因子を介した造血器腫瘍発症のメカニズムの解明および治療標的化の検討を行なってきました。

 まず、982例の急性骨髄性白血病(AML)の患者さんのトランスクリプトームの解析を行ないました。その結果、SRSF2変異はIDH2変異と協調してスプライシング異常を増悪させ骨髄系腫瘍を誘発すること、その下流でインテグレーター複合体の機能に異常をきたし分化障害をきたすこと、両変異を持つ細胞は変異型IDH2特異的阻害薬に抵抗性であるが、スプライソソーム阻害薬と組み合わせることにより感受性が著明に改善することを明らかにしました。

 次に、98例のSF3B1変異を有する慢性リンパ性白血病(CLL)の白血病細胞のPan-Cancer解析から、SF3B1変異がそのhot spotによって組織・臓器特異的にスプライシング異常を引き起こすこと、SF3B1K700E変異はCLLにおいてPPP2R5A(セリン-スレオニンフォスファターゼ複合体PP2AのRegulatory B subunitの一つ)のスプライシング異常を誘導してMYCおよびBCL2を活性化すること、SF3B1K700E変異を有する白血病細胞がPP2A活性化剤であるフィンゴリモドによって選択的に駆逐されることなどを明らかにしました。

 これらの結果は、学術誌『nature』と『Cancer Discovery』にそれぞれ掲載され、2019年の第81回日本血液学会学術集会のシンポジウム「造血不全の分子基盤」で「造血器疾患におけるスプライシング異常」と題して発表しました。

2019年5月 コペンハーゲンのMDS Symposiumでは、招待講演をしました。
2019年5月 コペンハーゲンのMDS Symposiumでは、招待講演をしました。

中学でTCAサイクルを学び、生命の神秘に触れる
研修医時代に興味の対象が心臓から血液学へ

 2003年に東京大学医学部を卒業したときには、その後の17年間に医師・研究者としてこれほど目まぐるしい変化があるとは想像もしていませんでした。

 私が医学を学びたいと考えたきっかけは、中学の理科の授業で生命の神秘を感じたことでした。担当の先生の授業内容がユニークで、中学生を相手に、グルコースから解糖系、TCAサイクルを経てATPが生成されることによって、体の中でエネルギーがやり取りできるようになる、という話をしてくれました。私は、細胞の仕組みはどうなっているのか、その中で何が起きているのかに強い興味を持ち、その研究をしようと考えるようになったのです。

 東京大学教養学部理科Ⅲ類に入学、2003年に医学部を卒業し、東大附属病院で初期研修を受けました。学生時代には循環器に関心を持ち、特に心不全のメカニズムに興味を覚え、循環器内科に進もうと考えていました。研修1年目のローテーションは血液内科からでした。その年に平井久丸先生が教授に就任され、厳しくも活気ある中での研修でした。

 神田善伸先生(現・自治医科大学)が、膵臓がんの患者さんにミニ移植を試みるなど、研究的な移植に先駆けて取り組む活気あふれる医局の雰囲気に強いインパクトを受け、研修のはじめの3カ月で血液内科に進もうと決めました。その後は、当初進もうと考えていた循環器内科での研修も受けましたが、血液内科に行こうと決めた私にはその研修内容に入っていけず、面白みを感じることもできませんでした。

 研修2年目は、神田先生のご推挙をいただき、NTT東日本関東病院で受けました。内科ローテーションのうち3カ月が血液内科で、当時は浦部晶夫先生が部長を務めておられました。卒業3年目の2005年からはそのままNTT関東病院の血液内科専修医として勤務しました。部長が臼杵憲祐先生に代わり、それまで十数年、臼杵先生が担当されていた週1回の抄読会の準備を私がやることになりました。基礎研究の論文も臨床の論文もたくさん読む機会を得ることができ、これは後の研究にとても役立つ経験となりました。

 入院患者さんを常に20人ほど受け持ち、週に3日、外来を担当するという生活が続き、忙しくて丸1日顔を見ることができない入院患者さんもいるほどでしたが、充実していて臨床医としてとても良い鍛練となりました。

〈後編では、ASHの立ち話で決まった海外留学先のことや、またもや立ち話で決まった国立がん研究センターへの研究拠点移動などについてお話しいただきました。〉