日豪米でGVHD発症機序の解明に取り組む
研究は興味と刺激が尽きない冒険のようなもの(後編)
小山幹子(フレッド・ハッチンソン癌研究センター シニア研究員)
2019.04.18
非造血系細胞の抗原提示だけで急性GVHDに
パラダイムを変える結果に様々な反響
Hill先生は、米国血液学会(ASH)での私のポスター発表などを見に来てくださっていて面識はありましたが、突然、南半球に飛んで全く新しい生活が始まったので、慣れるまでに少し時間がかかりました。はじめは、英語でのディスカッションに苦労することもありましたが、研究環境の整ったラボで基礎研究に打ち込めることに喜びを感じていました。QIMRでは、急性GVHDの発症を解明する研究を行ない、レシピエントの非造血系抗原提示細胞だけで、急性GVHDは十分に誘導されることを明らかにし、この研究は2012年に『Nature Medicine』誌に掲載されました。それまで、GVHDの誘導にレシピエント側の抗原提示細胞として樹状細胞は必須と考えられていたので、非造血系の抗原提示細胞が重要であるという、これまでのパラダイムとは異なる機序を発表したことで、多方面から多くの反響がありました。『Nature Medicine』誌に掲載されるまでにも、レビューアーから多くの指摘や修正があり、常識に反することを発表しようとすると、こんなにも懐疑的に受け止められ、理解してもらうには大変なエネルギーが要ることなのだと身に染みて感じました。
ただ、この論文を発表できたことは私にとって非常に意義があり、GVHDの発症についての私の探究心は燃え立ちました。非造血系の抗原提示細胞が急性GVHDの発症に重要な役割を示しているのであれば、どの細胞集団がキーとなっているのかをまず突き止めたいという強い思いを抱きました。また、この研究成果によって、QIMRから推薦をもらいResearch Australia Awards 2012のDiscovery Awardを受賞したことも、これまでの研究生活が報われたと素直に嬉しく思い、励みになりました。
その後は、GVHDの発症に重要な役割を担っているとされる腸管にフォーカスして研究を進めました。腸管での急性GVHDの発症と増悪の機序について、これまでの研究によって分かったことは、まず、移植片に含まれるナイーブT細胞が腸管組織に流入し、レシピエントの造血系・非造血系抗原提示細胞によって抗原提示を受けると、Th1あるいはTh17などのエフェクターT細胞に分化し、GVHDの病態を引き起こします。そして、一旦、GVHDの組織障害が生じると、腸管細菌叢による刺激によってドナー樹状細胞は腸管、特に大腸で増殖し、障害を受けた組織から同種抗原を得たうえで、腸間膜リンパ節に移動し、そこでドナーT細胞にさらに抗原提示が行なわれてエフェクターT細胞に分化し、腸管組織へ移動する、という悪循環に陥ります。ひとたび急性GVHDを発症すると、この悪循環によって病態が進行することを明らかにしました(図、Blood 2016の総説より)。
この研究は2015年の『The Journal of Experimental Medicine』誌に掲載されました。長年の研究を積み重ねて、急性GVHDの発症機序が抗原提示を中心に解明できつつあることに手ごたえを感じています。しかし、まだまだ分からないことはたくさんあります。腸管のマイクロバイオームが急性GVHD発症に重要な働きをしているらしいことは分かってきましたが、どの細菌がどんな働きをしているかなど詳細な機序についてはまだ分かっていません。この点をさらに追究したいと考えています。
基礎研究で得た成果を臨床に役立てたい
納得できるまで研究したら日本で僻地医療を?
2018年12月にフレッド・ハッチンソン癌研究センターに移ってまだ数カ月ですが、ここではGVHD研究をさらに深めていきたいという思いと共に、基礎研究から得られた成果を臨床に応用していきたいという思いがあります。これまで行なってきた研究から得られた知見は、遺伝子組み換えマウスを用いた実験モデルであったからこそ発見できたことであり、臨床移植で詰めることができるものではないからです。基礎研究の成果は臨床で応用されてはじめて患者さんがその恩恵を受けられるものであり、私自身も“Bed to Bench, Bench to Bed.”をいつも意識して研究を続けてきました。ここフレッド・ハッチンソンは移植医療のメッカでもあり、患者数も多く、臨床研究が実施しやすい環境にあるので、基礎研究で得られた知見をもとにGVHDの発症抑制を目的とした臨床研究を行ない、治療に役立つ成果につなげられたらと思っています。
研究は終わりのない冒険のようなものです。新しいことが少し分かると新たな疑問が出てきてそれを追究し、また新しいことが少し分かるとそこから興味が広がっていくという具合に、探究心への刺激は尽きません。研究生活はとても楽しいものですが、集中力と体力が必要です。私が幸運だったのは、言うまでもなく、大学時代からお世話になっている原田実根先生や豊嶋先生、Hill先生のような研究心の強い恩師に出会えたことに加えて、自分自身の好奇心を維持できたことです。世界の誰も知らない答えを一番初めに見つけたい、そんなシンプルな欲求が個々の研究者を突き動かすのだと思います。自分が納得できるまで研究したら日本に帰って、今度は180度方向転換をして、医師が少ない過疎地で診療ができるならいいなと考えたりしています。そんなことを言うと、豊嶋先生に怒られそうですね。