米国でphysician scientistとして独立する
治療関連白血病とクローン性造血を研究テーマに(後編)
高橋康一(MDアンダーソンがんセンター 白血病科・ゲノム医療科 アシスタント・プロフェッサー)
2020.03.12
ニューヨークでの研修で血液内科への渇望強まる
別病院のラボでロールモデルに出会う
ベスイスラエル病院での研修は一般内科が中心です。既に血液内科医になろうと決めていた私には、初期研修のやり直しをしているような気持ちにもなり、血液内科を学びたいという渇望が日に日に強くなっていきました。そこで、ベスイスラエルの病棟での勤務が終わってから、同じニューヨークにあるスローンケタリング記念がんセンターの血液内科関連の研究室で研究を手伝わせてもらって、少しでもその渇きを癒そうと考えました。
そして、その研究室のボスとの出会いが、私のそれからの医師生活を変えることになりました。運命的な出会いだと思っています。「GVHDやGVLのメカニズムにとても興味があり、一度お話がしたい。」とメールしたところ、どこの馬の骨とも分からない自分に「すぐに来なさい」と返事が来ました。ボスの名は、マーセル・バンデンブリンク。当時はGVHDの基礎研究と移植の臨床とのトランスレーショナルリサーチに取り組んでいました。目の前にいる先生が、まさにphysician scientistでした。
バンデンブリンク先生は、マウスモデルを用いたGVHDのメカニズムの解明とそこから得られた知見をもとに臨床試験も行なっていました。私は当時、ほとんど不可分の関係にあるGVHDとGVLを、どうやれば分けられるのかに興味があったので、夢中になって研究の手伝いをし、論文を執筆する手法なども勉強することができました。バンデンブリンク先生は、私にとってのphysician scientistのロールモデルとなりました。
ベスイスラエル病院での初期研修が終わりにさしかかり、いよいよフェローシップのマッチングに臨みました。ここでバンデンブリンク先生の強い推挙もあり、MDアンダーソンのプログラムの面接に呼んでいただけました。
さらに面接でも偶然が重なりました。最初の面接は、消化器内科のベテラン医でした。いろいろと話すうちに、私の父親も消化器内科医であること、かつてニュージャージーに住んでいたことなどに話が及び、妙にウマが合ったのです。そして「今日はたまたま腫瘍内科部門のトップのドクター・ホングがいるから、彼のオフィスに連れて行こう」という成り行きになり、いきなり内科のトップと予定にない“面接”をすることになりました。自分がMDアンダーソンで取り組みたい研究をチャートにしたものを見せながら、プレゼンをしました。
その甲斐もあってか、面接が進む中でホング先生に強くプッシュしてもらい、2011年7月からMDアンダーソンの血液・腫瘍内科のフェローとして後期研修を受けられることになりました。バンデンブリンク先生、最初の面接官の消化器内科医、そしてホング先生との出会いなど、様々なめぐり合わせと運に助けられたと思います。
米国の後期研修でphysician scientistの道を選ぶ
白血病の診療とゲノム研究を活動の柱に
MDアンダーソンの研修は、最初の3カ月で白血病科、リンパ腫・骨髄腫科、幹細胞移植科をローテーションします。私は白血病科を志望していたこともあり、最初に白血病科での研修を受けることになりました。白血病の患者さんを診るのは虎の門病院以来で、期待と不安が入り交じる中、研修に臨みました。
同期の血液・腫瘍内科のフェローは14人います。臨床研修を受けながら、それぞれいずれかの研究室に入って、研究に取り組み、論文を書くという生活を続けます。そして、3年間の研修期間の後半の1年半は、研究だけを行ないます。ここで3つのトラックに分かれます。Clinical educator truck、clinical investigator truck、physician scientist truckの3つです。私は迷わずphysician scientist truckを専攻し、がんゲノム研究の権威であるアンドリュー・フュートリアル先生のもとで研究生活を行なうことになりました。ちょうどその頃、次世代シークエンサーを応用したがんのゲノム研究が活発に行なわれており、フュートリアル先生からゲノム解析の仕方をみっちりと指導していただきました。
MDアンダーソンでの3年間の研修を終え、2014年7月に白血病科・ゲノム医療科のアシスタント・プロフェッサー(助教)のポジションを得ることができました。ビザの問題やいくつかの関門がありましたが、これもいろいろ運が味方してくれたと思っています。
小さいながらもラボを持ち、physician scientistとしてのスタートを切ることができました。また、臨床面では、外来、病棟の患者さんを自分が責任を持って診療する立場になりました。研究方針も一人で決断し、スタッフとともに進めていくことになります。現在の仕事の割合は、研究が8割、臨床が2割というところです。ただ、研究や臨床にすべての時間を割くことができず、ラボを運営していく事務的なことも重要な仕事になっています。“高橋商店”の経営者と言っていいでしょう。
Physician scientistだからこそできる研究もありますが、同時に、physician scientistだから提供できる臨床もあると思っています。ゲノム解析が急速に臨床の現場に浸透してきていますが、そのデータを臨床の現場で正確に解釈するに当たって、がんゲノム研究での経験が生きていることを時に実感します。これは、なかなか言葉で表現できない感覚的なところが多いのですが、例えば、先日、他の病院で白血病の治療を受けていたが、もうこれ以上の治療はできないと言われた、という方がセカンドオピニオンを求めて来院されました。ここで行なった遺伝子シークエンシングで非常にまれな遺伝子異常を同定し、過去の文献をもとに、マルチキナーゼ阻害薬のソラフェニブが有効かもしれないと考え、数カ月間、MDアンダーソンで治療したところ、寛解を得ることができました。
Physician scientistとして白血病のゲノムの研究を続け、一方で白血病の臨床経験を重ねてきたからこそ実現できた診療があることを実感しました。患者さんに向き合い、臨床現場でのクリニカルクエスチョンが、研究テーマになります。そしてその研究結果を患者さんに還元できるのが、physician scientistの醍醐味だと思います。
遠い将来を思い描くほど余裕はありませんが、今は2つの研究に取り組んでいます。一つは、治療関連MDS/AMLの克服です。抗がん剤や放射線治療によって原発がんが治癒したにもかかわらず、数年後に約1%の人がMDS/AMLを発症します。そして、こういう場合のMDS/AMLは予後不良であることがほとんどです。原発がんを克服したにもかかわらず、致死的な白血病になるなんて「こんな悲劇があっていいのか」と私は思います。一般的な白血病と違い、治療関連性の白血病は、少なくとも誘発因子がはっきりしていますから、このメカニズムを解明できれば白血病全体の発症メカニズムの解明にも一助となるのではと思っています。
もう一つは、クローン性造血の解明です。世界で多くの研究者がそのメカニズムの解明に取り組んでいる分野です。白血病患者さんの一部は、前白血病クローン(造血細胞)を長年持っていることが明らかになっています。クローン性造血がどのようにして白血化するのかを明らかにし、そのプロセスを止めることができれば、白血病の発症リスクを減らせるかもしれないと考えています。
いずれのテーマも壮大ですが、日々の積み重ねの中から、いつかは臨床に還元できるような成果が生まれると確信しています。