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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

「町の医者」が手作りの臨床試験を完遂
CD5陽性DLBCLの新しい治療法の開発に道筋(後編)

宮﨑香奈(三重大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学 助教)

三重大学大学院の宮﨑香奈氏
三重大学大学院の宮﨑香奈氏

 2008年には、マイクロアレイを用いてγδ T細胞リンパ腫を含む末梢性T細胞リンパ腫における遺伝子発現プロファイリングを行なった結果を、国際悪性リンパ腫会議(ICML)に投稿、口演に採択されました。ルガノには行ったこともありませんし、英語でプレゼンテーションしたこともありません。何度も練習し、山口先生や瀬戸先生に表現や発音を修正してもらいました。

 発表当日、私はガチガチに緊張していましたが、会場の前2列には共同研究者や三重大学の先生方がずらりと並び、固唾を呑んで私の発表を見守っていました。頼りない若手の発表に、心配を通り越して先生方には緊張感が走っていました。私はあまりの緊張に、そのときの発表がうまくできたのかどうかさえよく覚えていないのですが、周りの人に恵まれて本当にありがたい、と感じました。

2008年第10回国際悪性リンパ腫会議(ICML)の会場入り口で。海外学会での初めての口演が終わりホッとしている。
2008年第10回国際悪性リンパ腫会議(ICML)の会場入り口で。海外学会での初めての口演が終わりホッとしている。

CD5陽性DLBCLに特化した治療法の開発へ
ゼロから始める前向き試験の難しさを痛感

 遺伝子解析による研究で学位を取得し、国際学会での報告もできたのですが、一方で、血液内科医としては、基礎研究の結果を治療に生かしたいと考えていました。既に山口先生がCD5陽性DLBCLの予後が不良であることを後方視的解析から報告していました。そこで、CD5陽性DLBCLの患者さん約400名について、リツキシマブによる治療を行なった人とそれ以外の化学療法を行なった人における、完全奏効率(CR)、OS、CNS再発率などの差について比較解析しました。

 その結果、CR、OSについては、リツキシマブ投与群が有意に優れていましたが、CNS再発率には有意差は認められませんでした。また、CNSの再発はOSを有意に短くすることも明らかになりました。このことから、CD5陽性DLBCLの治療ではリツキシマブはOSを高めるものの、CNS再発は減らすことができず、新たな効果的な治療法が必要であると結論しました。この結果は、2010年のASCOでポスター発表しました。

 これをきっかけに始まったのが、冒頭に紹介したPEARL5試験です。CD5陽性DLBCLでは、リツキシマブ導入後も中枢神経系再発/増悪割合が高く、その浸潤部位は80%の症例で脳実質内です。また、BCL2蛋白の陽性率は90%と高く、cyclin D2蛋白も98%と高い割合を示しました。私たちの症例解析ではP糖蛋白の陽性率が59%と高いことも分かっていました。さらに遺伝子発現プロファイリングの結果、CD5陽性DLBCLではほとんどの症例がactivated B cell-like(ABC)DLBCLに分類され、このことは免疫組織化学的所見、Array CGHの解析結果と一致します。

 そこで、CD5陽性DLBCLに特化した初回治療法を開発するため、ABC DLBCLに対する有効性が期待できるdose-adjusted EPOCH-R療法と、中枢神経系浸潤予防として大量メトトレキサート療法を組み合わせることにしました。

 PEARL5試験を開始するに当たっては、様々な困難に遭いました。多施設共同試験は、協力いただける施設の先生と患者さんという“ヒト”が前提になります。そして、試験を進めるに当たって必要となる費用(カネ)も集めなくてはなりません。しかし、経験のない私たちには、どこから手を付けていいのか見当がつきませんでした。関連する学会や研究会では、ポスターを掲示したりチラシを配ったりしました。ようやく40施設の協力を得ても患者さんの登録がなかなか進みません。2012年8月から登録を開始し、2015年11月までに何とか47人の登録ができました。事務局の大変さが身にしみました。

 プロトコルの冊子(バインダー)も手作りしました。過去のプロトコルを分解して、紙の質、印刷の方法などについて、地元の大手文具店に相談し、少しでも安上がりにできるようお願いしました。今でこそ、臨床研究では日本医療研究開発機構(AMED)などからの支援がありますが、当時は少しでも経費を節減するため、プロトコルの紙をバインダーに綴じるときには医局総出、人海戦術で作っていきました。

基礎研究、臨床研究の新知識を常に吸収
目の前の患者にベストの治療を受けてもらう

 医学部を卒業してからこれまでの道のりで得た大切なことは、地方の臨床医でも、世界の研究者に伍してアカデミアの中で情報発信することができるということです。医師になりたての頃は、英語による学術的な発表の内容が分かりませんでしたが、瀬戸先生をはじめとして多くの先輩の指導によって、英語で発表できるようにまでなりました。今では学会に参加すると、国内でも海外でも諸先輩から「質問しなければ学会に参加したことにはならないだろ?」という視線が飛んできて、無言の圧力もあって、なるべくフロアから発言するようにしています。

 私は地方の大学病院に勤務する、いわば町の医者ですが、例えばDLBCLと診断した患者さんには許可を得て、遺伝子のマイクロアレイ解析を行ない、それをもとに治療を進めたこともあります。ゲノムを解析し、臨床での最新のエビデンスをもとに、大都市のがん専門施設と同じレベルの治療を、三重県の患者さんにも提供したいと思うからです。そのためには、基礎研究に取り組むと同時に、臨床試験など最新の情報を常に吸収することが求められます。それが私の血液内科医としての使命です。

 ただ、次に臨床試験を実施するときには、もう少しスマートにやりたいなと思っています。