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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

“疾患特異的マクロファージ”を同定
線維化した細胞を標的とした創薬へ(後編)

佐藤荘(大阪大学 微生物病研究所 自然免疫学分野 准教授)

アレルギー型マクロファージに続き
メタボ型も同定、遺伝子機構も解明

大阪大学微生物病研究所の佐藤荘氏
大阪大学微生物病研究所の佐藤荘氏

 研究テーマは、マクロファージが複数種類あることの証明、そしてそれらがどのように生まれて生体内で働いているのかを解明し、各マクロファージサブタイプと疾患の関係性を明らかにすることとしました。最初の研究では、寄生虫に感染した際のエピジェネティックな遺伝子制御、アレルギー型マクロファージへの分化の分子機構、そして宿主の感染応答に焦点を当てました。その結果、ヒストンH3の27番目のリジン残基の脱メチル化酵素であるJmjd3のノックアウトマウスではアレルギー型マクロファージの誘導が起こらなくなることを突き止めました。

 寄生虫の感染の研究で用いたのはキチンという物質です。これは寄生虫の構成成分で、キチンを投与するとアレルギー型マクロファージが活性化され、好塩基球や好酸球の遊走を誘導し、アレルギー応答を誘導します。このキチンをJmjd3ノックアウトマウスに投与したところ、野生型マウスと比較してマクロファージの活性化型マーカーの発現が顕著に減少しており、好酸球の腹腔内への遊走が全く起きませんでした。

 次に、寄生虫であるNippostrongylus brasiliensisの感染実験によって、肺の免疫応答を調べました。Jmjd3ノックアウトマウスでは肺でのアレルギー型マクロファージマーカーの発現が減少しており、野生型マウスでみられた肺への好酸球の遊走や泡沫化マクロファージも確認されませんでした。このことから、Jmjd3ノックアウトマウスでは寄生虫感染に対するアレルギー型マクロファージへの活性化は起こらず、免疫応答も起こっていないことが明らかになりました。

 その次に、Jmjd3によって直接制御されている標的遺伝子の同定を目的に、クロマチン免疫沈降シークエンシング(chromatin immuno-precipitation on sequencing:ChIP-seq)解析を行ったところ、IRF4遺伝子のプロモーター領域でヒストンH3の27番目のリジン残基のトリメチル化に、野生型マウスとJmjd3ノックアウトマウスで顕著な差異のあることを確認しました。

 IRF4(interferon regulatory factor 4)のノックアウトマウスにキチンを投与したところ、Jmjd3ノックアウトマウスの表現型と同様に、この型のマクロファージ活性化マーカーの発現が低下し、好酸球の遊走もみられませんでした。さらに、Jmjd3ノックアウトマウスに由来する骨髄細胞にIRF4を発現させ、M-CSFを用いたところ、マクロファージ活性化マーカーの発現が上昇していることも確認されました。以上から、IRF4遺伝子がJmjd3によって直接的に制御される遺伝子であり、Jmjd3がアレルギー型マクロファージへの分化に必要不可欠であることが明らかとなりました。この結果は、2010年10月に『Nature Immunology』オンラインに掲載されました(前編 図)。

 これらの研究の過程で、Jmjd3が欠損している状況で、つまりJmjd3非依存的な経路で組織にいるマクロファージは分化することも明らかとなりました。このマクロファージについて、様々なDNA microarrayのデータを網羅的に解析し、その結果、Tribbleファミリーの一つであるTribble1(Trib1)によって分化し、脂肪組織のような末梢組織のメンテナンスを行っているマクロファージの研究を報告することができました。興味深いことに、Trib1ノックアウトマウスは、高脂肪食下でメタボリックシンドロームを発症しました。マクロファージが脂肪細胞をメンテナンスできないために脂肪組織が萎縮したためと考えられます。この研究結果は、2013年に『Nature』オンラインに掲載されました(前編 図)。

 ここまでの結果から、私たちの体内には病気ごとの“疾患特異的マクロファージ”複数種類が存在していることが推測され、その後の研究によりその存在が確認されました。

結果が出るまで10年以上の歳月
ゼブラフィッシュの世話係も務める

 行き当たりばったりの性格であったので、厳しいこともたくさんありました(笑)。まず、大学院に入ったばかりのときは苦労しました。

 私は、元々は分子生物学が好きで、DNAを切ったり張ったりする研究に興味を持っていたので、はじめはそれができそうな別の研究室に見学に行きました。ところが、見学の2日間ともその研究室では野球の練習をずっとしていました。その頃の私は、寝る時間以外は実験がしたくて、その研究室のポスドクさんに「大学で一番熱心に研究しているのはどこですか?」と尋ねたところ、「それは審良研だね。ただ、きついみたいだよ」との答えが返ってきました。

 審良先生に面接のアポイントを取り、メールの次の日に面接に来てくれと言われたので何も調べずに研究室に行ったところ、研究室の前に「がん抑制遺伝子研究室」という看板が掛かっていたので、審良先生に「がん抑制の遺伝子研究をしたい」と話したところ、「何を言っているのか分からない」と怒られました。実は、その看板は、以前そのフロアーを使っていた先生が置いていったもので審良研の研究内容とは無関係だったのです。当然ながら、面接は通りませんでした。

 その後、どの研究室に進もうかと考えながら、自転車に乗ってキャンパスをあちこち走り回っていたとき、偶然、審良先生に出会いました。「こんにちは」と挨拶したのですが、無視されてしまいました。そこで自転車を降り、改めて大声で「こんにちは」と挨拶をしたところ、「ああ、君か。」と言われました。勢いで「先生のラボに入れてください!」と伝えたところ、「では、私のところに来なさい」とあっさり進学が決まったのです。あとで審良先生に聞いたのですが、「そうでも言わないと、君に自転車を投げつけられそうだったから」ということでした。

 そうして審良研に進み、マクロファージの研究に取り組み始めたのですが、成果はなかなか出ませんでした。ほかの大学院生は3〜4年で学位論文を仕上げていくのですが、私は6年かかっても書けませんでした。免疫学の知識が乏しい上に、最初はノックアウトマウスの作製に四苦八苦しました。ようやく作製したマウスでいろいろな解析をしても、思うようなphenotypeが出ず、自分だけが取り残されているという焦りを感じ続けました。

 成果が出ず、ヒト疾患モデルに使うゼブラフィッシュの世話だけをせっせとやっている時期が1年間続いたこともあります。ラボは大所帯で、研究室の私をよく知らない人は、「てっきり魚の飼育係だと思っていた」と、あとで笑いながら話すほどでした。でも、この“下積み生活”は、今となっては大切な財産です。

 ヤケを起こしそうな気持ちをなんとか抑えながら、辛抱強く解析を行っていたある日、転機が訪れました。いつもと違う結果が出てきて、最初は細胞の具合が悪いのか、リガンドを入れ忘れたのかと思いましたが、再び同じ結果が得られたのです。そこから私の研究生活は激変し、免疫学の面白さにのめり込んでいきました。もちろん、試行錯誤は続きました。Trib1とJmjd3から証明したマクロファージにはサブタイプがあるという結果を出すのに実に10年もかかっています。

マクロファージの揺り籃から墓場まで研究
アレルギーや線維症、がんの治療につなげたい

 線維症の発症に関わるマクロファージ(SatM)を発見したことで、疾患特異的マクロファージの存在が明らかになりました。今後は、様々な疾患に関わるマクロファージを探し出し、それらがどのようにして生まれ、自分たちの“職場”でどういった仕事をし、死んでいくのかを調べていきます。すなわち“疾患特異的マクロファージの揺り籃から墓場まで”の研究を続け、最終的には私たちの体の中のマクロファージの地図「マクロファージ・アトラス」を作りたいと考えています。さらに、アレルギー、メタボリックシンドローム、がんといった病気の治療につながる創薬も進めていきます。

 例えば多くの人が悩まされている疾患であるがんを例に挙げると、stage2の肺がん患者さんの50〜60%は完治します。しかし、肺線維症は有効な薬がないため、発症すると完治する確率はほぼ0%です。SatMという細胞を見出したことで、この細胞を標的とする治療薬が開発できれば、新しい突破口となるはずです。

 SatMの研究については、基礎研究の段階から中外製薬と共同研究を行ってきました。現在、私のグループでは、様々な疾患特異的マクロファージを標的とした創薬研究を国内の複数の企業のみなさんと進めています。シーズは大学、技術は企業という組み合わせです。基礎研究で終わらず本気で臨床応用を目指す、難病に対する創薬の可能性がある、というのが、私の研究に対する強いモチベーションになっています。

審良研究室の集合写真(最前列中央が佐藤氏、その左が審良氏)
審良研究室の集合写真(最前列中央が佐藤氏、その左が審良氏)