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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

白血病幹細胞研究の最前線を走る
「どこから白血病は来るのか」の解明へ(後編)

菊繁吉謙(九州大学 大学院 応用病態修復学)

2018.05.17

造血幹細胞の“傷”から
前白血病幹細胞、そして白血病幹細胞へと転換

九州大学大学院・応用病態修復学の菊繁吉謙氏

 白血病幹細胞の研究は世界中で進められています。その中で私が注目したのは、私がメンターとして慕う宮本敏浩先生が1990年代に提唱した、8;21転座型AMLにおける「前白血病」と呼ぶべき病態です。

 これは造血幹細胞が、長期間にわたって多種類の遺伝子異常を蓄積し、正常の幹細胞とは異なる“preleukemic stem cell”となって自己複製しながら、同一の遺伝子異常を有する前駆細胞群を産生することで進行します。これらの異常前駆細胞がさらに複数の遺伝子変異を獲得し、その中の一つが最終的に白血病幹細胞化に必須である最後の遺伝子異常を獲得して、白血病幹細胞に形質転換するというモデルです。

 がん幹細胞が組織幹細胞から形質転換するのと同様に、白血病幹細胞も造血幹細胞から形質転換していきますが、白血病は単発の遺伝子異常のヒットで発症するのではなく、複数の遺伝子異常が蓄積して発症する「多段階発症機構」があるということです。しかも、その遺伝子異常の蓄積には順番があります。例えば造血幹細胞が白血病幹細胞に形質転換するために、A、B、Cの3つの遺伝子異常が必要とされても、A→B→Cの順に蓄積されない限り、白血病幹細胞にはなれないのです。

 造血幹細胞がpreleukemic stem cellになるためには、まずAという“遺伝子変異”を獲得する必要があります。たとえば、Aの変異を獲得せずに、BやCの変異が起きても、第一段階にはなかなか進めないのです。ようやくAという変異が起こってpreleukemic stem cellとなっても、次はBの変異の蓄積が必要で、さらにBの後にCの変異が起こって、初めて白血病幹細胞に進展するのです。このように遺伝子変異の獲得に一定の順序と必然性があることが現在では分かって来ています。

 実際には、造血幹細胞が白血病幹細胞になるまでには多くの遺伝子変異の蓄積を経ていきます。そして獲得された遺伝子変異とその組み合わせによって、AMLの予後層別化が可能になってきました。重要なのは、多くの遺伝子変異の結果として生じる白血病幹細胞特性がAMLの予後を規定することです。白血病幹細胞研究は、AML治療という臨床面でも重要となってきたのです。

 治療戦略として、白血病幹細胞の表面抗原を標的とした分子標的薬は有望と思われますが、多くの表面抗原は正常造血幹細胞にも発現しており、白血病幹細胞に特異的に高発現する抗原の同定が必要となります。私たちは、白血病幹細胞に高発現する抗原としてT cell immunoglobulin mucin-3(TIM-3)を同定しました。治療標的として見出したTIM-3を調べると、白血病幹細胞が免疫監視機構から逃避するメカニズムにも関わっていることが明らかになりました。TIM-3のリガンド分子であるgalectin-9を白血病幹細胞自身がautocrineで分泌し、それにより遺伝子変異がなくてもβ-catenin経路活性化を誘導し、自己複製能力を強化していることを私たちは明らかにしました。また、galectin-9はT細胞に対して抑制系に作用し、AMLに対する腫瘍免疫を減弱させることも明らかになり、白血病幹細胞が巧妙に免疫監視機構から逃れていることが分かりました。

CLLでも同様の多段階発症機構が存在
リンパ腫も造血幹細胞の“傷”が出発点

 AMLでの白血病幹細胞の研究を進めるうちに、欧米で白血病の約3割を占める慢性リンパ性白血病(CLL)の発症機構や遺伝子変異なども明らかになっていきました。CLLのほぼ全例がMonoclonal B-cell lymphocytosis(MBL)という前白血病状態を経てCLLへと進展することが、大規模な前方視的臨床研究で証明され、さらにMBLはmonoclonalなB細胞集団で構成されているのではなく、その多く(20〜70%)が免疫グロブリン遺伝子遺伝子再構成の全く異なるoligoclonalなB細胞集団で構成されることも明らかになりました。がんは一個の細胞から生じるはずなのに、oligoclonalなB細胞集団が前白血病状態に検出されるということは、免疫グロブリン遺伝子再構成よりも前の段階に何らかの共通の異常が獲得されて、そのような異常なB細胞を生み出しているのではという仮説を考えました。

 そこで、私たちはCLL患者さんの造血幹細胞を免疫不全マウスに移植したところ、マウスの中にヒト由来のCLL細胞とは免疫グロブリン遺伝子再構成が全く異なる、oligoclonal/monoclonalな成熟B細胞集団が出現することを見出しました。CLLの造血幹細胞はすでにoligoclonal/monoclonalな成熟B細胞集団を生じる能力を獲得しているのです。しかし、これだけではCLLにはなりません。

 私たちは、この遺伝子異常を獲得した造血幹細胞から分化したB細胞は、B-cell receptor(BCR)を介する抗原刺激によって、正常B細胞分化では認められない異常なB細胞クローンを出現させ、そこにさらに遺伝子異常が蓄積され、最終的にCLLへと進展するという、CLLにおける造血幹細胞からの多段階進展モデルを提唱しました。CLLでも、まず造血幹細胞が異常なB細胞クローンを産生する能力を獲得するのに必要な第一の遺伝子変異が獲得されます。その結果として前白血病状態に相当する異常なB細胞クローンが産生され、さらにその前白血病状態のB細胞に次に必要な遺伝子変異が獲得されて初めてCLLへと進展すると考えます。

 さらに次世代シーケンサーを用いた研究により、従来、成熟リンパ球が直接、腫瘍化したと考えられていた一部のリンパ系腫瘍も、最初の腫瘍化イベントは造血幹細胞レベルで生じていることが明らかになりました。異常造血幹細胞から分化、供給されるリンパ球も、次の遺伝子変異を獲得、蓄積することで多段階的に腫瘍が進展するものと考えられています。AMLやCLLだけでなく、一部のリンパ腫も正常な造血幹細胞に傷が付くこと(遺伝子変異)が出発点になっている可能性があるのです。

 これらの知見には、白血病やリンパ腫の治療戦略を変える可能性があると考えています。治療のブレークスルーを目指し、今後も白血病幹細胞を軸にした研究に取り組んでいきます。

2017年日本癌学会で、若手主催のシンポジウムを開催(左から3人目が菊繁氏)
2017年日本癌学会で、若手主催のシンポジウムを開催(左から3人目が菊繁氏)