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気鋭の群像Young Japanese Hematologist

米国に研究拠点を築いた原動力は粘り強く諦めない心。
小児科を出発点に造血幹細胞の起源を追いかける(中編)

吉本桃子(テキサス大学ヒューストン マックガヴァン医学校 幹細胞・再生医学研究センター)

2018.02.08

京大小児科、中畑研での日々

 さて、半年間、西川研でES細胞とマウス胎児の培養を学んだ私は、京大の小児科に戻り、当時准教授として医科研から帰ってこられた平家俊男先生(のち京大小児科教授を経て現・尼崎医療センター病院長)の直接指導のもと、マウスES細胞培養のシステムを立ち上げることになった。西川先生の奥さんの里美先生にラボ維持のための基本をいろいろ教わっていたおかげで、FBSのロットチェックなど、スムースに行うことができた。幹細胞グループとして、ES細胞から血液、心筋、神経の幹細胞・前駆細胞を分化させようと、大学院生たちがそれぞれ取り組んだ。

 ちなみに私は京大小児科にも入局という形となった。2つの大学医局に入局しているような奴はそんなにいないのではないだろうか。

 大学院時代は、まさに学生のノリそのもので毎日実験をしていた。夕方になってみんなでご飯を食べに行き、また研究室に戻って夜中の12時頃まで実験する。金曜日は「金曜クラブ」と称して、みんなでいつもよりちょっと美味しい晩ご飯を食べに行き、ビールを一杯ひっかけた後、朝まで実験するのが流行っていた。

 中畑先生の“研究室回診”はだいたい深夜に行われる。中畑先生が帰宅されるのはいつも夜中の12時過ぎが当たり前で、その前に回診にくるのである。そしてひどい時には、深夜どころか明け方近く「朝5時の研究室回診」となるのである。医科研にいた時に、真鍋淳先生(現・聖路加病院)から「いくら若いからといって、中畑先生と体力比べをしちゃダメだよ。ボスより遅く帰らないといけないなんて、思っちゃいけないからね。健康第一だから」と最初に言われたが、なるほど、であった。

京大時代の2004年春、娘と夫と桜の下で
京大時代の2004年春、娘と夫と桜の下で

ES細胞から造血幹細胞はできないものの、
なんとか論文を仕上げ、学位を取得

 さて、当然のことながらES細胞から血液前駆細胞を分化誘導し、移植しても、全く生着しない。しかし、楽天的というか、惚れっぽい私は、造血幹細胞に絡むいろいろな実験をやってみた。中畑先生が持ってこられたコラボのプロジェクトも常に5〜6個あった。当時、篠原隆先生(現・京大医学部分子遺伝学教授)が留学から帰ってきたところで、本庶佑研究室で精原幹細胞の仕事を黙々とされていた。AGMS-3を使いたい、ということでコラボすることになり、彼は学年的には同年代ということがわかった。篠原先生から「幹細胞の数が少ないWマウスってのがいて、僕は新生児に移植してるんだけど、吉本さんも使ってみる?」「GFPマウス持っているけど、今まだあんまり論文出てないから、この造血幹細胞移植したらおもろいんとちゃうん?」と多くのアドバイスをもらって、論文が書けたのも彼のおかげである。

 篠原先生は、マッドサイエンティストである。何がマッドかというと、「僕はお金と少しの場所が与えられて、ずっとこの地下室で実験してええよ、とか言われたら、一生実験してて幸せやけどなあ」などと、新生児マウスに精原幹細胞を移植しながらつぶやくのである。そういう彼からは研究において、なるほどと思う本質的な以下の言葉を学んだ。

 私の論文が最初の投稿時にrejectされた時のことである。私は「reviewerはアホばっかりや!なんでこの論文の良さがわからへんねん!」と叫んだ。すると彼は、

 「吉本さん、reviewerはアホばっかりやから、そのアホでもわかるように論文書かんとあかん」。

 私はなるほど、と妙に納得した。彼の言葉は悪いが、論文というのは誰が読んでも理解できるように、そして面白さがわかるように書くべきだ、ということなのである。これは後に自分がグラントを書くようになって、かなり実感として身にしみるようになった。

 もう一つ。再現不能な論文が多いことを話していた時のことである。

 「僕は嘘つき呼ばわりされたくないから。ちゃんと誰がやっても同じ結果が出ることを論文にしないと」

 まさしく、である。時間を焦って、自分でも確信が持てないデータは論文にしてはいけない。これは先に書いた、西川先生の「自分のクエスチョンが解けたときに論文を書く」に通じるものでもある。

 そういうわけで、私の大学院時代はいろんな方々にお世話になり、人から学び、コラボから学び、山ほどのがらくたデータを作りながらなんとか論文をまとめたのであった。こんな未熟だった私に自由に実験する環境を与えてくださった、中畑先生と平家先生には心から感謝したい。

 次はポスドクから独立へ。アメリカ編に突入です。

次回に続く