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この人に聞くThe Experts

先入観にとらわれることなく患者を深く診る
臨床での気づきから病態解明へ(後編)

中尾眞二(金沢大学 医薬保健研究域医学系 血液・呼吸器内科 教授)

2017.12.07

中尾眞二氏(金沢大学 医薬保健研究域医学系 血液・呼吸器内科 教授)

中尾眞二氏

1980年金沢大学医学部卒業。84年金沢大学大学院医学研究科修了後、恵寿総合病院、国立療養所金沢若松病院に勤務。87年5月米国国立保健衛生研究所(NIH)留学。92年7月金沢大学医学部第三内科講師。99年8月同大第三内科教授。2001年組織改編により金沢大学大学院医学系研究科細胞移植学(16年より血液・呼吸器内科)教授。04年金沢大学医学部附属病院検査部部長併任。06年同院副院長併任。10年同大がん医科学専攻長併任。16年同大医薬保健研究域医学系副系長併任。

再生不良性貧血が免疫抑制薬で寛解
臨床的観察によりその機序を解明

 スイスでは1960年代に、重症AAの治療として、ヒト組織適合抗原(HLA)が半分しか合っていない家族からの骨髄移植が試みられていました。前処置なしの移植ではドナー細胞が生着しなかったため、前処置として抗胸腺細胞グロブリン(ATG)を投与したのちに移植を行ったところ、造血が回復した例がありました。ところが回復した患者さんの血液を調べると、予想に反して血液はドナーではなく、患者さん自身のものであることが分かりました。ATGが、造血幹細胞を攻撃していた患者のTリンパ球を抑えることによって、造血幹細胞の抑制が解除され、造血が回復したと考えられました。

 そして1983年に有名な臨床試験成績がN Eng J Medに報告されます。それは、中等症・重症AAの患者さんをATG投与群と非投与群(対照群)に無作為に振り分けて観察したところ、ATG投与群の52%では造血が回復し、非投与群では自然回復した例がなかった、という結果でした。これによって、AAに対するATGの有用性が明らかになりました。

 AAの病態に関する血液学者の関心は、このような臨床的な新知見の公表や、造血前駆細胞の培養法の確立によって、私が大学院で研究していた頃に高まっていました。ただ、AA症例はそれほど多くはないため、臨床医としての私の関心は、もっとも悲惨な移植後の白血病再発をどうやって減らすか、ということにありました。AAにおける造血幹細胞の攻撃メカニズムが解明すれば、移植後にドナーリンパ球が白血病細胞を攻撃するGVL効果も解明できるのではという思いがあり、基礎的な研究を行いたいと思うようになりました。

 その結果、1987年から2年間、米国国立保健衛生研究所(NIH)に留学することになりました。私がいたClinical Hematology Branchでは、同部屋の臨床フェローが、ATG不応のAAに対するシクロスポリン療法の効果をまとめていました。当時の私は、「多様な病態のAAに、シクロスポリンのようなT細胞に選択的に作用する免疫抑制薬が本当に効くのか」と半信半疑でした。しかし、彼女らが発表した結果は、ATGが効かなかったAAの約40%にシクロスポリンが奏効する、というものでした。

 帰国後、金沢大学病院で診療を始めた私は、AAの新患を担当することになったため、シクロスポリンの効果を検証してみようと考えました。シクロスポリンは当時保険適用外でしたので、研究費で購入したシクロスポリンを何人かのAA患者さんに投与しました。その過程で経験したのがシクロスポリン依存性AAでした。

 最初の患者さんは20歳代で、ATGで重篤なアレルギー反応が出たため、やむなくシクロスポリン単独で治療を始めました。するとすぐに血小板数が15万/μLくらいに上がり、完全寛解となりました。当時はまだシクロスポリンの適切な減量方法が知られていなかったため、手探り状態で、数週間でシクロスポリンを減量・中止しました。

 ところが、それから1ヵ月後にその患者さんが外来を受診したとき、血小板が1万/μLを下回り、皮下出血も強く出ていました。すぐにシクロスポリンを再開したところ、血小板数は正常に戻ったものの、その後シクロスポリンを減量するとまた悪くなるということを繰り返しました。結局、この患者さんは15年ほどシクロスポリンの依存状態が続きました。

 同様の経過をたどる患者さんはほかにも5〜6人いたことから、「シクロスポリン依存性の再生不良性貧血」という概念を提唱し、依存性と関連する因子を調べることにしました。注目したのはHLAとの関係です。多くの臓器特異的自己免疫疾患では、特定のHLAアレルがその疾患のかかりやすさに関係があることが当時知られるようになっていました。そこで、シクロスポリン依存性患者さんのHLA遺伝子を調べたところ、全例がHLA-DRB1*1501というアレルを持っていることが分かり、94年にこの現象を報告しました。臨床的な観察を深めれば病気の原因に迫ることができる、という研究者としてのスタンスがこの頃に固まったように思います。

診断名を決めることより、病態に即した治療を行うことが大切
AAが疑われる患者に対しては早期の免疫抑制療法を

 その後は、造血幹細胞移植による治療を軸に血液疾患診療と研究に関わってきました。移植をいかに安全に行うか、再発を抑えるためにはどうすればよいか、などを検討する一方で、造血不全の病態を追究してきました。

 AAをはじめとする造血不全は、造血幹細胞の減少や異常によって、血球の産生が持続的に低下している状態を指します。AAのほかに、MDSや発作性夜間血色素尿症(PNH)などがあります。AA、MDS、PNHの3疾患には共通点が多いのですが、互いの境界が不明瞭で、相互に移行することがあるため、最近では「骨髄不全」という総称で呼ばれることが多くなっています。ただし、各疾患には定められた診断基準があることから、骨髄不全が疑われる場合には、まずどの疾患に当てはまるかを判定することが勧められています。しかし、治療に際しては疾患の定義(診断名)にこだわることなく、病態に即した治療を行うことが大切であると私は考えています。

 例えば、AAという疾患の定義は、時代とともに変わり続けています。90年ごろまでは、AAには重症以外に非重症があると認識されていましたが、MDSの疾患概念が提唱された頃から、非重症AAは低リスクのMDSと診断されることが多くなりました。これは、非重症AAの場合、造血巣がしばしば残っており、残存造血巣から骨髄穿刺が行われると、骨髄細胞にしばしば形態異常がみられるためです。その結果、かつては非重症AAと診断されていた良性の骨髄不全が無治療で放置されたり、悪性疾患として過剰な治療を受けたりする例が後を絶ちません。

 たとえ軽症であっても、免疫病態が疑われる骨髄不全には、造血回復を目指す治療を早期から開始することが重要です。なぜなら、そうした自己免疫疾患では、標的臓器への攻撃を少しでも早く止めることによって標的臓器の機能を温存できるからです。

 私は、ごく短期間であっても、少量のシクロスポリンを投与して効果の有無をみることが重要であると以前から訴えてきました。最近になって、軽症のAAに対してもシクロスポリンの保険適用が認められたため、臨床の現場でこれを実践することが可能になりました。しかし、いくら早期からシクロスポリンを投与しても、AAが治る(シクロスポリンを中止しても悪化しない)訳ではない、と誤解している血液専門医は少なくありません。“鉄は熱いうちに打つ”ことが重要です。経過観察を5~10年続けて、血球減少が進んできてから免疫抑制療法を行っても、効果はほとんど期待できません。長い間免疫反応に曝されると、造血幹細胞や骨髄の微少環境は性格を変えてしまうようです。

 非重症AA患者に対してシクロスポリンが使用できるようになったのを機に、この重症度のAAに対するシクロスポリンの有用性を明らかにするための臨床試験を、西日本血液臨床研究グループで実施する準備を進めています。軽症のAA患者さんが放置され、その結果難治性になってしまうことが、この臨床試験によって避けられるようになればと思っています。

目の前の患者の病態を考える
同じことが多くの人で起きている可能性も

 若い医師に伝えたいことがあります。

 同じ「病名(診断名)」がついていても、患者さんの病態は一人ひとりで大きく異なります。その患者さんの発病に至る背景や治療後の経過をとことん追究する姿勢を忘れないでください。一人の患者さんから得られた新しい知見が、多くの患者さんの診療に役立つ発見につながることがあります。

 シクロスポリン依存性AAとHLA-DRB1*1501との関係や、造血不全の免疫病態と微少PNH型血球との関係などに私が気付いたのは、同じ特徴をもった患者さんが、たまたま何人か続けて目の前に現れたからでした。同じようなチャンスを、神様はどの医師にも用意してくれているのかもしれません。それを見逃さないことが重要なのだと思います。

 教科書的な記述や分類にとらわれず、目の前の患者さんの病態を把握するように努めてください。患者さん一人ひとりの診療を大切にすることが、臨床能力を高めると同時に、血液学研究を推し進めると信じています。

中尾眞二氏